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京都地方裁判所 昭和50年(ワ)633号 判決

原告 立花商事株式会社

右代表取締役 立花照男

右原告代理人弁護士 松村美之

被告 横田和枝

右被告訴訟代理人弁護士 山崎一雄

主文

一  被告が、訴外藤田勝一に対する京都地方裁判所昭和四九年(ワ)第三九七号貸金請求事件の執行力ある判決正本にもとづき、昭和五〇年五月二六日、別紙物件目録記載の各物件に対してなした強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  本件について、当裁判所が、昭和五〇年六月九日なした強制執行停止決定は、これを認可する。

この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(一)  原告

主文、第一、第二項同旨。

(二)  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の主張

一  被告は、訴外藤田勝一に対する強制執行として、京都地方裁判所昭和四九年(ワ)第三九七号貸金請求事件の執行力ある判決正本によって、京都地方裁判所執行官に執行申立をなし、昭和五〇年五月二六日、別紙物件目録記載の各物件に対し、差押をなし、これについて同年六月一〇日午前一〇時が、その競売期日として指定された。

二  しかしながら、右各物件は、原告が訴外藤田勝一に対し、昭和四八年八月一日、代金三五二万円で売却したが、売買代金が三六ヶ月にわたる割賦払いである為、代金完済に至るまで、原告に所有権を留保して、売買契約を締結したものである。

同訴外人は、昭和四八年八月より昭和五〇年五月まで、右代金中金二、一五一、六〇〇円を原告に支払ったが、まだ、金一、三六八、四〇〇円の債務が残っており、右各物件の所有権は、まだ原告に留保されたままである。

三  よって、被告のなした前記強制執行は、原告の所有権を侵害するものであるから、これが排除を求める。

第三被告の主張

一  原告の主張に対する認否

請求原因第一項の事実は認める。

請求原因第二項の事実は否認する。

請求原因第三項の事実は争う。

二  被告の主張

原告と訴外藤田勝一間に、仮に、原告主張の本件各物件の売買契約が存在していたとしても、所有権留保は、債権保全のための手段にすぎない。

そして、右訴外人は、その代金債務を大半弁済しており、このような場合には、原告は、本件物件の所有権を喪失し、残代金債権につき被告のなした競売手続に配当要求をして、その弁済をはかるべきで、本件物件全部につきなした所有権の主張は、許されない。

第四証拠≪省略≫

理由

一  被告が、訴外藤田勝一に対する強制執行として、京都地方裁判所昭和四九年(ワ)第三九七号貸金請求事件の執行力ある判決正本により、昭和五〇年五月二六日、別紙物件目録記載のジョンソンボイラーSF―H2型一基他三件の動産に対し、差押えをなしたことについては、当事者間に争いがない。

二  また、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四八年八月一日、前記各物件を、代金額金三、五二〇、〇〇〇円、毎月金九七、八〇〇円あて三六ヶ月の割賦払、代金完済に至るまで右各物件の所有権を原告に留保するとの約で、訴外藤田勝一あて売渡し、現在、これを訴外藤田勝一に貸し渡していることが認められ、また、右訴外人は、昭和四八年八月以降五〇年五月までの間に、右売買代金のうち、金二、一五一、六〇〇円を原告あて支払ったが、残余金一、三六八、四〇〇円を支払っていないことが、一応うかがわれる。

三  ところで、被告は、本件各物件の売主である原告については配当手続による弁済がなされるべきことを主張し、第三者異議の訴は許されない旨、争うので、この点について検討するに、

いわゆる所有権留保は、売却した目的物件についての売却代金債権の支払確保の手段として、買主の占有、使用下においた目的物件について、売買契約後も、代金完済まで、その所有権を留保し、あわせて、これによって、将来、代金債務の弁済が得られなかった場合において、売主自身が、簡易にいわゆる自力執行として、その目的物件と換価し、その売得金の全部又は一部をもって、右代金債務の弁済に充てようとするものである。

したがって、いわゆる所有権留保は、その経済的機能についてみる限り、取引社会において、基本的に他の変態担保に類似する機能を果し得るものである。

そして、他の変態担保は、右経済目的を達するため、法律形式上、目的物件についての譲渡契約、代物弁済予約、売買予約の設定を伴うものの、その実質は、あくまで与信債権を確保するため、与信の対価物たる目的物件の担保価値を掴取するところにその本質が存し、右各個の法形式は、単に、右目的を達するための手段たるにとどまる。そのため、設定権者の合理的な取引意思も、目的物件の担保価値の把握にその主眼があり、多くの場合、その物自体の所有権取得の点には存しない。

ところで、変態担保のうちでも、いわゆる所有権留保(売買)は、なるほど、その一面について、これをみる限り、その所有権留保条項によって、代金債権の支払確保の機能を営み得ることは、前示のとおり否定し得ないし、そもそも、代金の割賦払自体、売主による買主に対する一種の与信であることも、明らかで、これを否定し得ない。

しかし、いわゆる所有権留保(売買)は、本来的には、当該目的物件に対する一般取引市場における売買そのものを、主眼、基本とするものであって、これを類型的にみるとき、現に、取引の実際においては、一般に、当該目的物件自体を本来の用法にしたがって、現実に自ら使用しようとする者自身が、その種物件の販売業者もしくはこれに類する者から、事業活動上当該物件自体を使用することを直接の目的として、一般取引市場における売買価額によって、目的物件を買受ける際、これが行われるのが通例であると、いえる。

したがって、目的物自体を自ら、必ずしも使用しようと欲しないいわゆる金融業者その他の与信者が、当該目的物件自体の個別的具体的な使用価値を一まず捨象して、その抽象的な担保価値のみに着眼し、しかも、自己の経済的優位を背景に、当該物件の価額について、それを本来の用途のため一般取引市場で売買されるより著しく低く評価し、これにもとづき、右目的物件上に、与信債権の回収を確保するのをほとんど唯一の目的として、各種の法的権利を設定、保存しようとする他の変態担保と、いわゆる所有権留保との間には、基本的に、制度の発想とその取引運営上重視点の置き方に差異があるものといえる。

したがって、所有権留保について、買主の代金完済までの間、その売主に第三者異議の訴を許容すべきかどうか、選択的、あるいは、限定的に、優先弁済請求の訴を許容すべきかどうかを決定するについても、単に、停止条件によって、その所有権が売主に留保されているという形式的視点にのみとらわれず、事を実質的に見て、その際、前示した所有権留保の発想、目的、取引運営上の重視点の置き方の差異のほか、とくに、目的物件の換価手続との関係で一般執行手続の実情、とりわけ、売主による換価の合理性ないし経済的効率等を考慮すべきもの、と考えられる。

そこで、この見地に立脚し、さらに検討を進めるに、いわゆる所有権留保(売買)においては、中古品に関する特殊の売買の例を除き、一般に、目的物件の売主は、これら物件の販売業者であり、日常その種物件についての専門知識を生かし数多く取引を行っていることから、その取引経験、能力にすぐれ、また、この種売主は、その販売を業として行うことから、自ら広範な販路、多数の顧客を有し、しかも、取引市場の状況に応じその適切な時期、方法を選定したうえ、目的物件をもっとも便利に換価する能力を有する。したがって、その能力は、当該目的物件の取引に関する限り、到底いわゆる金融業者、与信者の及ぶところではなく、売主自身は、当該物件の換価担当者として、もっとも適任であることが多い。また、その換価価額の実現についても、これらの者によるときは、一般執行手続による換価に比べ、相対的に高額の売得金の回収が得られる可能性も高い。

さらに、割賦販売にかかる目的物件の価額は、その売買が、本来的に通常の売買であることから、その契約締結当時においては、一般取引市場における価額に即応しているのが、もとより当然であるが、右の均衡関係は割賦払代金の弁済途中の時期についても、基本的には、維持されている。即ち、当該物件の使用による損耗、後発製品の開発、発売による当該物件の相対的陳腐化が進行するため、目的物件の価額は、時日の経過とともに低減するが、一方において、割賦払弁済の進行による債権額の減少もあることから、物件の価額と代金額とは、基本的に、なお均衡を維持し得る関係にある。

したがって、売主が僅かな代金債権のため、高額の目的物件の所有権を対価関係の不均衡なまま、停止条件成就まで、継続的に、支配することは、原則として、起り得ず、この意味において、売主が買主による代金完済に至るまで、その完全な所有権を手中に留保することによる弊害は少く、あえて、代金割賦払の都度、売主に属する所有権が、その範囲で、買主に移転する、あるいは、売主は、その所有権を留保しても、その内実は、売買代金支払確保のための担保権能のみで、その範囲に限定されるもの、との法律構成をする実質的な根拠は、所有権留保に関する限り、少ないものといわざるを得ない。

したがって、売主のいわゆる所有権留保について、その代金完済という停止条件を、ことさら文理どおりの停止条件に該らないものとし、あるいは、これに該るとしても、その間におけるその所有権内容は、部分的に、担保価値掴得権の範囲に局限されるとし、さらには、右担保価値掴取権自体、民事訴訟法第五四九条にいわゆる「譲渡若クハ引渡ヲ妨グル権利」に該らないものとするのは、正当でないし、いわんやこれを根拠に、売主には、優先弁済の訴のみ、あるいは、一定の場合しか第三者異議の訴が許されないとするが如き見解については、にわかに、これに賛同し得ないところである。

しかるのみならず、売主において、ほぼ全額に近い代金を回収しながら、なお、形式的に停止条件の不成就を主張し、当該目的物件についてなされた第三者による執行に対し、その排除を固執し、ことさら、これを続行しようとする場合においては、右売主の権利行使は、執行法上、その権利の濫用に該るものとして、それが排斥され得る場合もあるし、また、かような場合においては、執行をなした第三者が、買主のなお売主に対し負担する残余の少額の代金債務を支払い、これによっていわゆる停止条件を成就せしめ、右目的物件を買主の責任財産に帰属せしめる方法を講ずることも可能である。

そうだとすれば、いわゆる所有権留保においては、当初の売買契約において、何等かの理由で、目的物件の評価額が、一般取引市場の価額に比し著しく低く、その結果、右売買があたかも、譲渡担保等他の変態担保の設定と事実上同一視できる場合、即ち、設定権者の経済的優位によって、当該目的物件について担保物としてのみの評価がなされ、被担保債権額と目的物件の評価額との間に価額上顕著な格差があり、取引上、当事者間の衡平、均衡を失し、通常の売買といえない場合や、その他、売主に、依然として、その所有権を帰属させておくことが取引通念上著しく両当事者の利益均衡を破る場合等特段の事情ある場合を除き、売主は、停止条件によって、自ら留保した所有権にもとづき、買主の占有、使用の下に有る目的物件について、買主の債権者がなした執行を排除し得るのを原則とする、と解するのが相当である。

四  してみれば、被告において、本件原告と訴外人間の売買については、前示所有権留保に関する類型的特質が妥当しない特殊事情の存すること、あるいは、前示各特段の事情の存すること、その他、自ら買主の負担する残代金を支払い、所有権留保の停止条件を買主のため成就させたこと等特段の事情の存することについて、これを主張、立証しない以上、本訴における被告の前記主張は、叙上縷説したところにより、当裁判所としては、採用し得ず、結局、右主張は、理由がないものとして排斥を免れず、前示認定した事実関係にしたがえば、原告の本訴請求は、その理由があることに帰する。

よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可およびその仮執行の宣言につき、同法第五四九条、第五四七条、第五四八条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼頭史郎)

〈以下省略〉

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